K-POPのPVから読み解くルッキズム、アテンションエコノミーの構造

写真歌謡の観点から読み解くJessi の"Zoom"(2022)
小林美香 2026.08.17
誰でも

写真歌謡ってなんだ?

今回は、写真歌謡の観点から、K-POPのアーティスト、Jessi の"Zoom"(2022)について解説します。いきなり「写真歌謡」と言われても「???」だと思いますが、それもそのはずで「写真歌謡」とは私が作った造語です。歌詞の中にカメラや写真に関わる言葉、PVの中に写真関連のモチーフが登場する楽曲を指し、狭い意味での「歌謡曲」ではなく、ポピュラー・ソング全般を指します。詳しくは、拙著『ジェンダー目線の広告観察』の第8章「写真歌謡試論」をお読みいただけますと幸いです。
なぜ、このような造語を思いついたのかというと、さまざまな時代のポピュラーソングを聞いていると、歌詞の中で思い出や恋愛という文脈で「写真」という言葉が頻繁に用いられており、時代によって写真のあり方が異なることが興味深いと思ったからです。今回ご紹介するJessi の"Zoom" (2022)は、近年発表された「写真歌謡」の中でも群を抜く名作で、過去に発表されてきた幾つかの「写真歌謡」と照らし合わせることで、ポピュラーソングのみならず、現在の視覚文化とジェンダー表象、アテンションエコノミー、ルッキズムといった問題を考える視点を与えてくれます。
MVは3分ほどの短さなので、この先を読む前に、あらかじめYouTubeで視聴してから読み進めることをお勧めします。

「zoom」の主題と構造

まず基本的な情報を整理すると、Jessiはニューヨーク出身の韓国系アメリカ人で、現在は韓国を拠点にラッパー、ダンサーとして活動し、K-`POPの中でもガールクラッシュ(女性目線でかっこいいと憧れられる存在)の代表格で、セクシーなクイーンを体現するルックスやファッションで知られています。「zoom」はJessiがダンサーたちを引き連れて踊るヒップホップダンスを通して人気になり、tiktokでは#zoomchallengeや#zoominzoomoutchallege というハッシュタグをつけたダンス動画の投稿が流行しました。「zoom in, zoom out」というリリックと振り付けで繰り返されるのは、スマートフォンの画面に触れて、表示される画像を拡大・縮小させる動作であり、ソーシャルメディア上で注目を集めるセレブリティ、インフルエンサーがこの曲の主題です。「Lights, Camera, Action」という冒頭の掛け声とともに始まるMVの中で、Jessiはヒップホップのダンサーグループを先導するラッパー、セクシーなドレスをまとったインフルエンサーとして、常に周囲からの注目を集める存在を演じています。

MVのシーンのシークエンス

MVのシーンのシークエンス

MVのシーンのシークエンス

MVのシーンのシークエンス

冒頭ではピンクのドレスやアニマル柄のミニドレスを着て身体をくねらせてグラマラスな胸やお尻を強調するポーズをとり、髪型や、表情も含めてキム・カーダシアンのような膨大なフォロアー数を誇るセレブ女性の振る舞いを誇張・パロディとして表現しています。「私の写真を見てるんでしょ」、「みんな写真を撮るために生きている」とか「私は100万ドル」というリリックは、性的な魅力や振る舞いを通して注目を集めることが金儲けに直結していることを直裁に表し、彼女に向けられる眼差しが、MVの中に繰り返し登場するスマートフォンや、スタジオで組まれた撮影機材や照明機器、パソコンのモニタによって示唆されます。Jessiの周りには、ダンサー達、彼女の写真や動画を撮るプロダクションチーム、豪勢なパーティで自撮りをする人たちなどが登場します。ダンサー達とは仲間として一緒に楽しげに盛り上がりますが、取り巻きやスタッフに対しては、あくまでも仕事上での関係で、お互いに深く関心を寄せていないことを、よそよそしい振る舞いやスマートフォンの画面に夢中になっている仕草で表しており、とくに男性のカメラマンに対してセクシーなポーズを取りながらも、彼らを邪険に扱い、内心はうんざりしていることをあからさまな態度や表情で示しています。

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Jessiのセクシーな姿をとらえた写真を拡大して見ている(おそらくは男性の)手

Jessiのセクシーな姿をとらえた写真を拡大して見ている(おそらくは男性の)手


ピンクのドレスをまとったJessiは誘惑するような視線を向けセクシーなポーズで写真に写り、撮影された写真は、黒人男性と思しき人の手がスマートフォンの画面でズームイン(拡大)する手のクローズアップで示されます。このシーンは、性的な魅力こそが彼女の商品としての価値であり、ズームインという行為が男性からの窃視的な眼差しを強調して表しています。
最後のシーンでは、Jessi自身がその写真をスマートフォンでズームインして見る仕草を映し出していますが、その画面に映し出されているJesssiの顔は、メイクを施していないセクシーとは言い難い造作であり、Jessiはその顔を見て「Wait, omg, I’m such a catfish!」と笑います。catfishには、「鯰」のほかに「成り済まし(身元を偽って人を騙すこと)」の意味があり、彼女はその二つを掛け合わせて写真の中の自分の姿を笑い飛ばしているのです。スマートフォンに映し出される顔は、恐らく別人のものが画像合成されているように見受けられますが(Jessiは目と鼻の整形手術、豊胸手術を受けていることを公表しています)、MVの中で2回登場するJessi自身(とされる)の写真は、自らの容姿と性的な魅力への注目と、そこから経済的な価値が発生するありよう(アテンション・エコノミー)を風刺的に表現しているのです。

スマートフォンを持って写真を見るJessiの手

スマートフォンを持って写真を見るJessiの手

女性に向けられる視線の描き方の変化

このようなソーシャルメディアでの写真や映像を通した「注目」のありようは、2010年代にスマートフォンが普及し、自撮り(selfie)という言葉が流行・定着する過程で、さまざまなポピュラーソングでも描かれてきました。「zoom」がもたらした新機軸は、Jessiが性的な対象として見られる役割を演じつつ、視線が向けられる構造のあり方も示し、最終的にパロディ的な表現として、自分の容姿やその視線の構造そのものを笑い飛ばしているところにあります。「性的な対象として客体化される女性が、写された自分の容姿に笑う」ことがなぜ画期的な表現と言えるのかというと、従来の写真歌謡では、写真を思いを寄せる相手との関係や思い出の証となる大切な縁(よすが)として扱い、写真に写っている女性は男性の目から見て麗しく、愛おしい対象として描かれるのが王道だったからです(古典的な例として大瀧詠一の「君は天然色」(1981)が挙げられます)。異性愛関係を前提とする大半のラブソングの中で、写真を撮る・撮られる、見る・見られるという関係は、一対一の恋愛というモノアモリー的、相互排他的な関係の中に位置づけられ、男性が女性を見るという関係が固定的に表されてきました。
しかし写真のデジタル化やインターネット、ソーシャルメディアの普及がもたらしたのは、著名人が一方的に膨大な数の人から注目を集める[「視線の構造」であり、そのような視線を前提として意識した上で、どのように振る舞うのかということが、過剰な情報化社会がもたらしたコミュニケーション不全やルッキズムの問題も含めてポピュラーソングの主題に位置づけられるようになっています。「zoom」のMVでは、Jessiの周辺にいる撮影スタッフ、プロダクション・チームとして登場する人たちの人種的なバリエーションによって、スターやインフルエンサーがグローバルな規模で注目を集める存在であることが示唆されているのです。

「女性が周囲からの注目を集める存在であるこ」をテーマとして、「zoom」の楽曲およびMVの映像表現の源流に位置づけられるのが、ドラァグ・クイーン、歌手、パーソナリティーとし活動するル・ポール(RuPaul,1960-)が脚光を浴びるきっかけとなった「Supermodel (You Better Work)」(1993)「Snap Shot」(1996)です。「Supermodel (You Better Work)」は、当時のスーパーモデル・ブームを背景としており(歌詞の中に実際のモデルの名前が登場します)、雑誌の表紙を飾るファッション・モデルの女性たちをヴォーギングの身振りとポーズを取り入れながら、メイクや撮影の現場を織り交ぜて展開します。

「Snap Shot」は、「zoom」のMVの構成により近く、カメラのシャッター音と共に始まり、スタジオでの撮影の様子を中心に、フラッシュを浴び、様々なスタッフに囲まれてル・ポールのスターとしてのイメージが作られる現場を再現しています。歌詞の中では「Snapshot, Take my picture, snapshot」と繰り返し、「みんなが私を見ている」「私って綺麗でしょ、知ってるわ。」「私が持っているものを見せてあげる」と、注目される存在のありようを、自己顕示的な態度と、女性装という誇張・演出された女性性を通して表現している。いずれもダンスビート、エレクトロポップの楽曲であり、おそらくJessiが幼少期に耳に馴染み、彼女の音楽とダンスの原点に一つにあることは想像に難くないし、「zoom」の「私の写真を見てるんでしょ」、「私は100万ドル」というリリックと直接的なつながりを見出すこともできます。Jesssiが歌手、ラッパーとして注目を集めるようになったのは2010年代後半以降のことであり、歌手に限らず、ファッションや映画など広くエンターテイメント産業の中で女性がその容姿も含め、どのように扱われるのかということに対する意識も大きく変わっていった時期に重なります。

視線を向けられる痛み

そうした変化を映し出すように2010年代には、スターとして多くの人の視線を浴びることを特権性として引き受けつつも、そのことに対する葛藤も含むような複雑な意識、周囲の人々が、女性をもっぱら外見や性的な魅力に注目することに対する戸惑いや痛みの混じった感情を表現し、スターとしてのイメージがあくまでも作られたものであることを指摘する楽曲も登場しています。たとえば、マレーシア出身の歌手、ユナ(Yuna:Yuna Zarai,1986-)の「Lights and Camera」(2013)の歌い出しは、照明を浴びてカメラを向けられ、ハイヒールを履いてポーズを取り、メイクアップアーティストに口紅を塗られる場面から始まり、スターとして扱われながらも、「誰も私の心の痛みを知らない」「昨晩私が咽び泣いていたことを、誰も知らない」けれど、「この照明が私を殺すことはない」、「私は私自身でいたい」と歌い、他者からの評価や視線に晒されながらも、自分の心を保っていたいと訴えます。


また、「ボディ・ポジティブ」ムーブメントの流れを受けて、アメリカのシンガーソングライター、メーガン・トレイナー(Meghan Trainor 1993ー)が、デビュー曲『All About That Bass』(2014年)(邦題:「オール・アバウト・ザット・ベース~わたしのぽちゃティブ宣言」)で自分身体をあるがままを愛そうと呼びかけるメッセージを、自らのふくよかな身体を誇らしげに歌って大ヒットしました。この曲のMVでは「雑誌の写真は修正ばかり 実際あんなワケない もう止めようよ そのままの美しさを堂々と見せよう」という歌詞のところで、スレンダーな女性をふっくらとした体型に画像加工する(通常は細く見えるように加工することに対する対抗的なパロティ表現)シーンが挿入されています。この画像加工のシーンは、「zoom」のMV の中で、コンピュータのモニタでJessiのウェストを現実にはありえない細さに画像加工を施すシーンとしてオマージュのような表現として取り入れられています。



このように1990年代のフィルム写真や雑誌のような印刷メディアが主流だった時代のル・ポールの曲や、2010年代にボディ・ポジティブの運動を経て、見る・見られることへの意識が変容していった時代を経る中で作られた曲に照らし合わせて「zoom」を視聴してみると、ポピュラーソングが、時代によるジェンダー意識を反映させていることや、音楽やエンターテイメント産業取り巻くメディアの変化が浮かび上がってきます。欧米を中心として展開してきたグローバルな音楽産業の中で、ハングルと英語を織り混ぜたリリックに乗せて、ルッキズムやアテンション・エコノミー、オンライン環境でのコミュニケーションのあり方など、高度情報化社会の中に共通する問題をトピックとして扱う「zoom」という曲が、他言語圏の聴衆をも引き込むように巧妙に3分間に編集された映像表現を通して注目を集め、tiktokのようなプラットフォームでのダンス動画を通して広く世界中に知れ渡っていく状況がとても興味深く、「写真歌謡」の最前線がこの先どのように展開していくのかを注視していきたいと考えています。

初出:『シモーヌ』VOL.8 特集:音楽とジェンダー (2023年6月刊行)加筆訂正・編集

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