その「国宝級イケメン」はどの国宝なのか?
上目遣いの「彼氏感」
ここ数年、ドラッグストアの店内で「イケメン」の視線を感じることが増えました、と言っても実際に誰かから見つめられているのではありません。男性を起用したポスターやPOPを店内で見かけることが増えたということです。洗濯や台所用の洗剤のテレビCMでも、男性が家事をする場面を描くことが多くなり、「家事は女性が担うもの」という因習的で固定的な性別役割分業の押し付けと解釈されるような表現は避けられるようになっていますし、2010年代後半から男性向けの美容製品の市場が急速に拡大しています。スキンケア・ヘアケア製品、化粧品コーナーの「イケメン」たちの多くは女性に人気のある若年層のアイドルです。彼らは揃って、毛穴という概念が消失したかのようなツルツル肌で、首を傾けて若干上目遣いで流し目を送るような「キメ顔」で写っています。(写真)

2025年11月 東京都板橋区
「キメ顔」の中でも「若干の上目遣い」というのがポイントで、眼差しの先にいる相手を至近距離から見上げているような印象を与えます。通常、「イケメン」とは、異性愛規範を前提として女性から恋愛・性愛対象として望ましい「モテ要素」を備えた男性を指し、その「モテ要素」の筆頭に「背が高い」が挙げられます。女性よりも背が高い「イケメン」が女性に対して上目遣いをするということは、立っている状態では不可能なので、座ったり、横たわったりする状態で可能になり、相手の女性を威圧せずに優しく誘う一種の媚態表現として成立します。

美容製品の広告・キャンペーンに男性タレントが頻繁に起用されるようになった頃から、女性向けのファッション雑誌やムックの表紙で、ベッドやソファの上に「イケメン」が横たわり、流し目を送る写真が掲載されることが増えました。購読者にとっては「プライベートな空間で、私の目の前で「推し」が無防備な素顔を見せてくれている」という親密な関係性を擬似的に再現したものとして強い訴求力を持ちます。知人のファッション誌編集者によれば、これは「彼氏感」と呼ばれる演出効果で、人気タレントやアイドルが、SNSにプライベートな自撮り写真に「#彼氏(彼女)とデートなうに使っていいよ」というハッシュタグをつけて投稿することが流行ったことに由来するらしいです。 「イケメン」との親密な関係性を示唆する距離感・視線の中に身を置きたいという願望が、美容製品を手にしたいという消費行動に結びつき、男性もまた、女性との関係を獲得するために美容に取り組む、そんな視線の構造がドラッグストアの中で展開しています。
その「国宝級イケメン」はどの国宝なのか?
ところで、際立った容姿が注目される「イケメン」を指す言葉として「国宝級イケメン」というものがあります。女性ファッション誌『ViVi 』が2015年から「国宝級イケメンランキング」を発表するようになり、広まっていっていきました。私、この「国宝級」という言葉が男性に結びつけられることが興味深いと思っています。(容姿端麗な女性が「絶世の美女」と呼ばれ、時の権力者がその女性に入れ上げすぎて国が傾くことで「傾国の美女」と呼ばれていたことはありますが、女性自身が「国」を体現する価値と見做されることではないですよね)また、「国宝級」というランクづけ表現には、比類なき高みや価値の体現とみなす崇拝の念も込められてい流ように感じられます。
美容製品、とくにプレステージラインと呼ばれる高価格帯の美容製品の広告に男性がブランド・アンバサダーとして起用される場合にもこの「国宝級」の価値によって訴求する方法が用いられます。拙著『その「男らしさ」はどこからきたの?広告で読み解くデキる男の現在地』で、大谷翔平を起用したKOSEのコスメデコルテの広告について分析し、広告の中の大谷の存在が崇拝の対象として、平等院鳳凰堂の本尊の阿弥陀如来像のように捉えられていることについて書いています。(詳しくは以下のページに抜粋が掲載されています)
崇拝の対象としての大谷翔平が阿弥陀如来像のように見えるとすると、世の中の「国宝級イケメン」各氏を、どの国宝に準えられるのか、という視点で愛でることができそうです。
2025年の夏、映画『国宝』を見た後に、霞ヶ関を歩いているとバス停に肘をついて視線を上に向ける横浜流星の写真を使った広告が掲出されていました。「さすが、『国宝』の「国宝級イケメン」、広隆寺の弥勒菩薩像みたいに優美だな」と見惚れたのですが、横浜流星の美麗さに目はいくものの、肝心の広告の中身が頭に入ってきません(LIVIOという日鉄興和不動産のマンション事業の広告でした)。不動産の価値を、横浜流星という「イケメン」の容姿の価値で表現しているようです。

ところで、横浜流星の容姿の端正さは、どこか人間離れしているようにも感じられます。弥勒菩薩像のほかに、私が似ていると感じるのは、東京国立博物館の東洋館に展示されているガンダーラ仏像の一体です。鼻筋が通り、眉山から額の端までの直線的な造形、堀の深い瞼の造形は古代ギリシアのヘレニズムの様式を受け継ぐガンダーラ仏像に近いのではないでしょうか。
そんなことを考えながら、両者を見比べていると、「偶像(アイドル)」、すなわち価値があり尊いものとして崇められる存在や、その存在に託される思いや願望を読み解く上でも、宗教や信仰に対する理解を深めることが大事なのでは、と思ったりもします。

お知らせ
9月下旬に、日経ウーマンで、メディアパーソナリティの小島慶子さんとの対談「小島慶子の今日はじっくり語りたい!」が公開されます。
さらば青春の光のお二人の番組、「さらばのこの本ダレが書いとんねん!」の収録を行いました。こちらも、9月下旬の公開です。詳細は追ってお知らせいたします。
台風到来など天候不順な日々が続きますが、みなさまご自愛してお過ごしください。
すでに登録済みの方は こちら
