『甲子園』表紙の変更と、盗撮防止ポスターの表現についての雑感

「窃視(覗き見」への欲望を抑止することはできるのだろうか?
小林美香 2026.08.24
誰でも

「チアリーダー」から「選手」へ

東京新聞で取材を受けた記事が公開されました(2026年8月15日刊行・公開)。朝日新聞社『AERA(アエラ)』増刊号として刊行されているムック『甲子園』の表紙が、試合を応援する「チアリーダー(高校生の女性)」から「選手(の男性選手)」に変わったことを受けて、この変更をどのように捉えるか、ということについてです。

以下に、私のコメント部分を抜粋しておきます。

広告などのジェンダー表象を研究する小林美香氏は「男性のまなざしで若い女性を消費し続けてきたが、問題視する声が高まり、ようやく変更された。表紙という『顔』を変えることは、社会の意識の変化を象徴している」とみる。応援する女性を表紙に掲載し続けてきた背景について「チームスポーツの世界では、男性は一体となって頂点を目指し、女性は応援・サポートする役割という印象がいまだに根強い」と指摘。
批判の声については「女性から撮影後に許諾を得ており、性的な姿態をとらえた写真ではないものの、見られていることを意識していない状態で写っている。このような窃視的(のぞき見的)な視点の構造が不快感をもたらしている」と考察した。小林氏は、スポーツの場面でのジェンダーを巡る問題はこれ以外にも残っているとし「高校野球は、若年層へ大人や社会の注目が集まる象徴的な場だ。ジェンダーの不均衡を改めていく姿勢を、大人が示していくべきではないか」と訴えた。

私は、野球やサッカーのような(主に男性で構成される)チームスポーツに関心が持てず(いまだにルールすらよく理解していません)、チームスポーツの話題で盛り上がったり、応援したりするという経験がないままに年齢を重ねてきました。チームスポーツを遠ざけてきた一因として、「高校野球の中継映像が何となく嫌だ」というものがありました。酷暑・炎天下の過酷な状況下で高校生たちが試合をすること自体が安全とは思えないのと、試合中継で応援席が映し出されるときに、チアガールや応援する生徒たちがアップで捉えられ、「ひたむきに白球を追う球児と、懸命に応援する生徒たち」という構図のなかで、女子高校生が「見られていることに気づいていない(もしくはそういう風にみえるように振る舞っている)」姿で映しだされ、覗き見をするような視線に気味の悪さを感じていたからです。

新聞社のカメラマンが視線で追う女子高校生

『週刊朝日「甲子園」 表紙はこうやって決まる!』(2018年8月2日 当時は『週刊朝日』の別冊として刊行されていた)では、表紙の写真を撮影してきたカメラマンの言葉が紹介されています。応援席に視線を向けて被写体を探す過程を話す語り口は「新聞社のカメラマンとしてのプロ意識」から発せられたものであり、同時に「相手に気づかれずに品定めをする側」の意識が滲み出ています。

写真部の小林修部長によると、カメラマン2人が毎年「表紙担当」として、大会期間中にアルプススタンドを練り歩く。5年ほど前までは表紙担当は1人だったが、「複数の目で候補を探そう」と2人体制に変えた。どんな女子高生を撮影するかは、カメラマンの「センス」に任せている。(中略)

チャンスが少ない中で撮った写真だったが、この時は撮影しながら「表紙は絶対この子だな」と確信があったという。「みんな日焼けが気になるから、帽子を深くかぶっていて、色白の子が多い。その中で、少し日に焼けてて、かわいいってだけでなく、健康的だと思った」

私が取材で話して記事には反映されていないことを補足すると、

  • 高校野球は、野球部という部活動の一環で行われ、教育の成果発表の場であると同時にメディアのコンテンツとして無償で提供されている。高校生がメディアの中で注目を集める対象になる最も大きな機会だと言って過言ではない。

  • 高校野球というコンテンツは、試合だけではなく、「若者らしさ」という規範性をイメージとして消費させるものでもある。それを成り立たせる教育とスポーツ、メディアの視線の中に「男性性・男性中心的価値観」が深く埋め込まれている。

  • 『甲子園』の表紙に選ばれてきた「見られることを意識していない女性」のイメージは、「男性の眼差し(メイル・ゲイズ)」の投影によって形作られた「女らしさ」を集約して表現している。

  • 教育現場におけるジェンダー平等を目指すためには、現状の不均衡を見つめ、修正していく必要がある。(今回の表紙変更もその一歩と言える)

    となります。付け加えるなら

  • 昨今報道されるような「校内盗撮」の事案は、この件に関わるものではないが、スマートフォンのカメラが遍在する時代に、「撮られていることに気づいていない風情の女性の写真」が雑誌の表紙として公表されることが、無条件に賞賛されることではなくなっているのかもしれない。

    といったところでしょう。

写真を撮ることは、慢性の窃視症的な関係を世界と結ぶこと

取材の中で繰り返し、「窃視的」「覗き見」「撮られていることに気づいていない」という言葉を繰り返し、「見る・見られる」の関係について言及してきました。アメリカの批評家スーザン・ソンタグ(Susan Sontag 1933-2004)は、著書写真論や『他者の苦痛へのまなざし』のなかで、「写真を撮る・見る」という行為の本質にある「窃視(voyeurism / 覗き見)」の構造を批判しています。写真論は今もなお、写真批評の古典として読み継がれており、スウェーデンのコミック作家リーヴ・ストロームクヴィストは『欲望の鏡: つくられた「魅力」と「理想」』(2022)の中で、スーザン・ソンタグの言葉を引用し、現代の状況を以下のように表現しています。

ソーシャルメディア社会/自撮り社会で起きているのは、私たちは慢性的な窃視症的関係を自分自身と結んでいる、ということだ。

『欲望の鏡: つくられた「魅力」と「理想」』
『欲望の鏡』リーヴ・ストロームクヴィスト

『欲望の鏡』リーヴ・ストロームクヴィスト

『欲望の鏡: つくられた「魅力」と「理想」』は、SNS時代において「視線を向けられる(窃視され、注目される)対象」が、容姿を判断され、経済的な価値に転換されることに伴う問題、ルッキズムについて論じています。窃視・盗撮のような「見る」という行為への執着・依存状態と、「見られている」ことに対する意識や消費への依存が組み合わさり、「見る_見られる」ことが過剰になっていることが様々な問題に繋がっているように思えます。

「盗撮」という加害性を描くことの難しさ

ところで、駅構内で痴漢・盗撮の防止を呼びかるポスターを頻繁に目にしますが、それらを目にするにつけ、「実際のところ、犯罪抑止にどれほど効力があるのだろう?」と訝しむ気持ちになります。先日地下鉄の駅で、「盗撮は犯罪です。大切なものを一瞬で失います。」というキャッチコピーとイラスト組み合わせたポスターを見かけました。
イラストには砂時計の中にスーツ姿の男性がスマートフォンを構え、砂時計の上を歩くミニスカートの女性を下から撮影するポーズで描かれ、下の器に落ちる砂と重ねられるように「仕事・信頼・生活・収入」といった、盗撮する側が「一瞬で失う大切なもの」が列記されていて、男性が盗撮行為によって社会的な立場を失って、転落することが暗示されています。

三田線日比谷駅構内 (2026年5月24日 筆者撮影)

三田線日比谷駅構内 (2026年5月24日 筆者撮影)


砂時計の左側には、不審者を見かけたら通報するようにという駅の利用者に対する呼びかけがありますが、イラストの中の「盗撮されていることに気づかない女性」の姿を、被害に遭って傷つき、「助けられる人」のイメージとして捉えることは難しいでしょう。
このポスターは「被害者の毀損や苦痛」よりも「加害者側に想定される社会的立場の喪失」を強調して示すことで、盗撮という性加害行為の抑止を目指しているようですが、全体の表現としては黄色と黒という組み合わせで「警告・アラート」の発出と、監視する目の示唆にとどまっています。
盗撮は性加害で犯罪行為である、と呼びかけたとしても、直接的な身体接触を伴う痴漢行為とは異なり、「非接触型の性加害行為」で、対象者・周囲に気づかれ、指摘されなければ、行為の加害性を自らで認めることができないという類の行為であることが、「盗撮」を指摘し、抑止のための啓発を行うことの難しさの根底にあるのかもしれません。
公共空間に掲出される表現において、「性加害の劣悪さ」や「被害の苦痛」を直截に描くことは極めて難しいことは当然としても、「社会的立場の喪失」が加害者に対する制裁として具体的に表現されることは、あまりにも加害側の心理に添い過ぎてはいないでしょうか。
さらに言えば、痴漢・盗撮は常習性・反復性が高く行為依存症としての性格が強いものです。監視の目が厳しければ厳しいほど、その目を掻い潜って遂行することに達成感を覚えるという人がいたとしても不思議ではありません。したがって、監視強化だけが加害行動を抑制し、行動変容を促すものとはなり得ないのです。根本的な対策を講じるためには、依存症に取り組む医療機関や、ジェンダーや人権啓発に関わる専門機関の知見や調査が必要です。
さまざまな公共広報の中でも、性暴力や性感染症予防啓発など「性」に直接的に関わる広報物は、直裁な表現を用いることが難しい上に、ジェンダー間の力の勾配や加害性が透明化されたステレオタイプ的な表現が再生産されています。このような表現の中に含まれるジェンダー・バイアスを修正するために、まずは官公庁、自治体など組織の中に深く埋め込まれた男性中心的な価値観を見直すべきでしょう。

性的な関心・明確な意図のもとに他者を撮影する「盗撮」という行為と、「見られていることを意識していない状態で写っている人」の写真を見たいという欲望や関心の持ち方を、完全にに一体化したものとして扱うことはできませんが、見る・撮ることに関わる欲望のあり方を掘り下げて考える必要はありそうです。      

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