My Choice, My Safer

性感染症予防啓発広報
小林美香 2026.08.31
誰でも

AIDSフォーラムin 横浜

8月9日にAIDSフォーラムin 横浜にて、ジェンダー目線の広告観察 
性感染予防啓発広報や痴漢・盗撮防止広報を通して表現の公共性について考えるという講演をしました。
AIDSフォーラムin 横浜は、1994年の第10回国際エイズ会議を契機にはじまった、市民による市民のためのフォーラムで、HIV/AIDSを医療だけの問題ではなく、広く文化の問題としてとらえることに重きを置き、セクシュアリティ、依存症、教育、国際など、多様なテーマで発表・展示・交流を行っています。横浜のほかに、京都佐賀でもAIDS文化フォーラムの活動が展開されています。
今回の講演では、『ジェンダー目線の広告観察』の第5章「性感染症予防啓発は誰のため?:広報ポスターから考えるこれからの性教育」の内容を軸に、性感染症予防啓発広報を、「性とコミュニケーションの課題」という観点から分析してお話ししました。コロナ禍を経て、感染症や接触に対する意識が変化してきた中で、梅毒の感染者数が急増していることは度々報道されています。そういった状況の中で、「性」や「性感染症」について正確でアップデートされた知識が必要なのは言うまでもないのですが、性に関わることを知ること・話すことに心理的ハードルがあったり、性感染症に対して、背景にある性規範・疾病への忌諱の感情から、偏見(スティグマ)が抱かれがちです。

エイズパニックの時代とエイズ・ポスター・プロジェクト(APP)

私の「性感染症予防啓発広報」への関心は、「エイズ・パニック」と呼ばれた時代(1980年代から90年代にかけて、日本国内でHIV/AIDSに対する過剰な不安や恐怖、そして感染者に対する激しい差別や偏見が社会全体に広がった現象)に10代、20代を過ごしたことに遡ります。自分自身の「性」の価値観の形成や、アート、写真への関心の芽生えた時期に重なり、高校生の時に、学校の美術室の資料棚に並んだ雑誌『美術手帖』でHIV/AIDSで他界した写真家のロバート・メープルソープや現代美術家のキース・ヘリング、エイズ・アクティヴィスムに関する特集を読んだ記憶があります。

同時期に、厚生労働省・財団法人エイズ予防財団が世界エイズデーキャンペーンで、「いってっしゃい、エイズに気をつけて。」(1991年)というポスターが公開し物議を醸しました。時代はバブル経済期の終わり頃で、東南アジアの買春ツアーが盛んに行われており、海外出張に向かう男性が、「いってらっしゃい。エイズに気をつけて。」という見送りの(おそらくパートナーの)呼びかけに対して、パスポートで顔の上半分を隠して苦笑いを浮かべて写っています。1991年は私が高校生の頃に重なり、リアルタイムでこのポスターを見た記憶はないのですが、買春相手に対する差別意識も含め酷い表現だなと思います。

その後大学に入り、時期は忘れましたが友人からエイズ・ポスター・プロジェクト(APP)のことを教えてもらいました。APPは、1993年に京都で京都市立芸術大学出身のアーティスト・グループ、ダムタイプのメンバーを中心に発足(メンバーの古橋 悌二(1960-1995)が1992年にHIV陽性者であることを公表
)、ポスターやフライヤーの制作、スライドショーやクラブイベントを開催ていました。
HIV/AIDSに対する無知・偏見・無関心を見直すための活動を展開

HIV/AIDS啓発ポスター 海外の事例紹介と分類を行っています。当時のウェブサイトが今も残っており、当時の関係者を中心にプロジェクトを振り返る会が京都市立芸術大学で行われ、森美術館でクロニクル京都1990s―ダイアモンズ・アー・フォーエバー、アートスケープ、そして私は誰かと踊る。(2018-2019)が開催されています。

APPのウェブサイトで示されている問題提起は今もなお日本の性感染症予防啓発において、解決されていない・十分に取り組まれていない課題でもあります。

  • 「愛」と「勇気」で何が伝わるか?(エイズから逃げ続ける日本のポスター)

  • 当事者とは誰のこと?(HIV感染者のための情報・メッセージ)

  • 女性が主人公の・女性のためのポスター

  • 道徳とは特定のイデオロギーのことだ(ドラッグ・アルコールとエイズ)

  • セックスに関する具体的な情報とは何か?

いくつかの事例をご紹介します。

ポスターの事例

「愛」と「勇気」で何が伝わるか?

愛や勇気のような抽象的な言葉を用いたり、ハートマークを用いるなどして、なんとなく「良きこと」価値観をまぶして具体的な課題を全く示さない広報物は今でも見受けられます。

HIV陽性の当事者が顔出しで呼びかける

実際の陽性者が顔出しをして見る側に語りかける表現です。

セックスに関する具体的な行動指南

公共広報とは言い難いかもしれませんが、MSM(男性同士で性行為をする人)がセックスをする場所(日本では発展場、英語ではCrusing spot)に掲出されたポスター。とても具体的な行動指南が書かれています。

梅毒の広報についても言えることですが、日本で女性を対象とする性感染症予防啓発広報は、胎児や乳児のように「これから生まれてくる子ども」にフォーカスを合わせる、妊娠した女性の腹部だけを強調するといった表現が多く、女性の身体を全身としては描かない、透明化する傾向が強いです。「理由が何であれ、安全なセックスを望む!」という女性が主体的に発言している表現とは大きく異なります。

性感染症に関連するさまざま依存的な行為(アルコールやドラッグのような物質依存、性依存のような行為依存)を描くのも重要なことです。

アメリカのHIV/AIDSに関する啓発広報やポスターは、公衆衛生に関わる資料として、大学や研究機関で保存され、データベース化・オンライン公開されています。興味があればぜひ調べてみてください。

My Choice, My Safer

今年2月から3月上旬にかけて、LGBTQ+(性的少数者)コミュニティの街として知られる新宿二丁目のメインストリート、仲通り交差点に面した看板広告で、「MY CHOICE, MY SAFER セーファーセックスの選択肢はひとつじゃない」というキャッチコピーを記した看板が掲げられました。この看板を掲出したのは、NPO法人・コミュニティセンターaktaで、2003年からHIV/AIDSをはじめとしたセクシャルヘルスの情報センターとして活動しています。この看板はコンドームの使用、PreP(HIVウィルス感染の予防薬)の服用、HIV陽性者が適切な治療を継続することでU=U(Undetectable = Untransmittable、ウイルス量が検出限界値未満 = 他人に感染させない)の状態を保てる、という複数の選択肢によるコンビネーション予防を、性的な接触やパートナー関係を示唆する場面と共に表現しています。画面に貼られたQRコードのリンク先では、看板の登場人物が出演するショートフィルムを視聴できます。

「MY CHOICE, MY SAFER」キャンペーンの特徴は、当事者が出演しているということにあります。HIV/AIDSに限らず、公共空間に掲出される性感染症予防啓発広報では、感染者に対する差別・偏見を助長することのないように、イラストを用いるなど、人物の身元のわかるような直接的な表現や性的表現は避けられがちです。しかし、このキャンペーンのように、実社会の中で生きる存在を可視化し、当事者の日常的な経験や感情を伝えることは、性感染症を他人事ではなく自分事として捉える視点を与えてくれます。

ジェンダーに関わりなく、人は他者との性的接触・関係において(それが一度限りの関係であれ、パートナーとしての交際の中であれ)、身体的にも精神的にも無防備になり、ウィルスをも含む諸々の侵入に対して脆弱な状態に置かれうるのです。「脆弱さ・傷つきやすさ」の中には、感染症そのものに対してのみならず、感染検査の受診や、医療にアクセスする上での心理的な抵抗、社会からの偏見も含まれるでしょう。個々人の脆弱さを受け止めた上で、性感染症やそれを取り巻く社会構造への見方を更新していく必要があります。

図版提供 NPO法人・コミュニティセンターakta

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